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名古屋高等裁判所 昭和43年(行コ)12号 判決

控訴人(原告) 林源一

被控訴人(被告) 稲沢市長

主文

原判決を取り消す。

控訴人が原審に提起した訴および当審において追加した訴を全部却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和四三年四月一日附でした稲沢市庁舎建設用地収得に関する専決処分を取り消す。被控訴人が昭和四三年五月一一日稲沢市重本町桜松三八三番地外三三、〇〇〇平方米の土地を稲沢市庁舎建設用地として買収するため土地売買契約を締結し手付金として金二千万円を支出した措置を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに新たに請求を追加して「被控訴人が昭和四四年二月七日附でした昭和四四年稲沢市条例第一号稲沢市役所の位置に関する条例の一部を改正する条例の公布処分を取り消す。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求め、控訴人の新たに追加した請求を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、書証の提出およびその認否は次に附加するほか原判決事実摘示(但し原判決二枚目表二行目から三行目にかけて「稲沢市重本町三百八十三番地」とあるを「稲沢市重本町桜松三百八十三番地」と訂正する)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

地方自治法第四条第二項には、地方公共団体が「その事務所の位置を定めこれを変更するに当つては住民の利用に最も便利であるように交通の事情、他の官公署との関係等について適当な考慮を払わなければならない」旨規定されている。そのため被控訴人がこの点につき専門家に検討を求めた結果、乙第一号証により稲沢市庁舎の位置は名鉄本線東側の一部を含めて高御堂部落を中心とする地区内に求めなければならない旨の答申がなされたのである。しかるに被控訴人はこれを無視し、右地区から遠く西方に偏した本件土地につき、市庁舎建設用地売買契約を締結し、公金を支出したものであるが、右措置は右地方自治法第四条第二項に違反するから取り消されるべきである。したがつてまた、右規定に違反する昭和四四年稲沢市条例第一号も違法であるから、被控訴人が昭和四四年二月七日右条例を公布した処分は、その処分自体に瑕疵はないが、右条例が違法であるから取り消されるべきである。そこで控訴人は、当審において被控訴人が右条例を公布した処分の取消を追加請求する。

(証拠関係省略)

理由

一、稲沢市の市役所の位置は、同市役所の位置に関する条例(昭和三三年一一月一日施行第一〇号)により稲沢市小池正明寺町北反田三五番地と定められていたこと、被控訴人が昭和四三年四月一日専決処分をもつて稲沢市条例に定める市役所の位置の西方約二五〇〇米の位置にある稲沢市重本町桜松三八三番地その他の土地を市役所建設用地として買収することを決定し、同年五月一一日これが買収契約を締結し、手附金として金二千万円を支出したこと、そこで控訴人は被控訴人の右契約による公金の支出につき市監査委員に監査等の措置を請求したところ、同年七月一八日被控訴人の右措置を適法と認める旨の監査結果の通知があつたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、ところで地方自治法第二四二条の二による住民訴訟は、同法第二四二条により監査委員に監査等の措置を請求し得る事項で、且つその請求をなした事項につき、同法第二四二条の二第一項所定の事由がある場合に限り提起することができるものである。従つて右訴の対象となるのは、当該普通地方公共団体の長又は委員会もしくは委員、又は当該普通地方公共団体の職員のなす違法な(a)公金の支出、(b)財産の取得・管理・処分(c)契約の締結・履行(d)債務その他の義務の負担、および違法な(a)公金の賦課・徴収を怠る事実(b)財産の管理を怠る事実で、監査請求を経た事項である。そして右第二四二条の二第一項第二号により取消しを求め得る行為は行政処分に限られるのである。

よつて控訴人の本訴取消請求について案ずるに、

(一)  被控訴人が昭和四三年四月一日地方自治法第一七九条第一項に基づいてなした専決処分は、被控訴人が稲沢市議会に代つてなした意思決定であつて、前記住民訴訟の対象となる行為のいずれにも該当しないことが明らかである。よつて右専決処分の取消を求める控訴人の本訴は不適法である。

(二)  次に控訴人は、被控訴人が昭和四三年五月一一日前記土地を稲沢市庁舎建設用地として買収するため、土地売買契約を締結し、手付金として金二千万円を支出した措置の取消を求めているが、地方公共団体の長がその庁舎建設用地に充てる目的で土地所有者との間に売買契約を締結し、手付金を支出するがごとき行為は、全く相手方と対等の立場で締結する私法上の売買契約およびその履行にほかならず、行政庁の公権力の行使としてなされた行政処分とはいえないから、稲沢市長である被控訴人がなした右売買契約の締結および手付金の支出を行政処分として取消を求める本件訴は不適法である。

(三)  さらに控訴人は、当審において被控訴人が昭和四四年二月七日附でした昭和四四年稲沢市条例第一号稲沢市役所の位置に関する条例の一部を改正する条例の公布処分の取消を追加請求しているが、控訴人がこの点につき住民訴訟提起の前提要件である監査委員の監査請求を経由したことについては何らの主張立証がない。よつて右追加的訴はすでにこの点において不適法であるから却下を免れない。

三、以上の次第であるから、控訴人の本訴は全部不適法として却下すべきであるのに、原判決は控訴人の請求を棄却したから、原判決を取り消して、控訴人が原審に提起した訴および当審における追加的訴を全部不適法として却下することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 井口源一郎 土田勇)

原審判決の主文および事実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は被告が昭和四十三年四月一日附でなした稲沢市役所庁舎建設用地収得に関する専決処分を取消す。被告が昭和四十三年五月十一日稲沢市重本町桜松三百八十三番地外三三、〇〇〇平方米の土地を市役所庁舎建設用地として買収するための土地売買契約を締結し金二千万円也の手付金を支出した措置を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、(一)稲沢市役所の位置は同市役所の位置に関する条例(昭和三十三年十一月一日施行第十号)により稲沢市小池正明寺町北反田三十五番地と定められている外その位置を変更しようとする条例は何等定められていない。(二)しかるに被告は昭和四十三年四月一日専決処分をもつて稲沢市条例に定める市役所の位置(稲沢市小池正明寺町北反田三十五番地)の西方約二千五百米の位置にある稲沢市重本町三百八十三番地その他の土地を市役所庁舎建設用地として買収することを決定し、同年五月十一日これが買収契約を締結し、手付金として金二千万円を支出した。(三)このような被告の措置は右市役所の位置に関する市条例の規定に反し、右買収土地の位置に同市役所の位置を変更しようとするものであることは明白である。従つてこれら被告の措置は地方自治法第四条第一項の規定に違反する違法措置で当然取消されなければならない。仮に被告が今後において市役所の位置を右買収土地の位置に変更又は変更しようとする市条例を権力盲従市議会議員の同意のもとに制定公布したとしても右買収土地が南北約六千米、東西八千米の中心点より西北約千三百米、市民重心点の西北西約二千三百米、交通の中心名古屋鉄道国府宮駅の西方約二千三百米であることを勘案した場合地方自治法第四条第二項の規定の変更等の特別の事情の変更のない限り同条項に反する位置へ市役所を変更しようとする市条例で無効な市役所の位置に関する条例であると看做す外なく、右買収土地へ市役所を変更することは不可能である。因みに稲沢市昭和四十三年度予算において市庁舎建築予算が可決され本件議案が廃案となつたことをもつて被告は市議会が議決すべき議案を議決しなかつたとして右の専決処分をもつて右土地の売買契約を締結したものであるが本件議案は右買収土地に市役所の位置を変更する事業を実施することの承認を求めるに外ならない議案であることが明白で市役所の位置を定める市条例に違反する処置事業の執行の承認を与える議決が無意味な無効議決であるとして討論採決しなかつた市議会の処置は適切である。このような無意味な違法議案を市議会が議決しなかつたとしてなした被告の右の専決処分もまた無意味な違法処分である。又被告は本件議案提出のための議会招集の暇がなかつたとしているが右土地の買収契約締結まで四十日の期間があつたので議会を招集する暇がないとの理由は成立しない。以上いずれの点よりみるも被告に地方自治法第百七十九条に示された被告の専決処分を容認する事由は見当らない。かかる違法な専決処分により右土地の売買契約を締結し手付金として金二千万円を支出した被告の措置は地方自治法第百三十八条の二並びに地方公務員法第三十二条の規定に反する違法処分であり、いずれも取消を免れない。(四)そこで原告は被告の右契約による公金支出につき稲沢市監査委員に対し監査等の措置を請求したところ七月十八日監査結果の通知(甲第一号証)があつた。原告は右の監査結果に不服があるので地方自治法第二百四十二条の二第一項の規定により本訴請求に及んだ。と述べ、被告の主張事実(二)の点を認めた。

被告は主文と同旨の判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実(一)、(二)の各点と同(四)のうち原告より監査請求のあつたことと右監査結果が原告に通知された点を認め、その余の点を否認し、被告の主張として(一)原告は右監査の結果に不服があるとしながらその不服事由については何等主張がなく、かかる具体的事由の主張のない本訴請求は許されない。(二)被告の右の専決処分は昭和四十三年六月二十日稲沢市議会において承認可決されたのでもはや専決処分のみの取消請求は決して許されない段階となつた。と述べた。

(証拠省略)(昭和四三年一〇月三一日名古屋地方裁判所判決)

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